■歴史像が、いかに人為的に作られるかを問う1冊
・ヒトラーによる独裁体制強化と戦争準備に反対していた。
・反ユダヤ主義は、ナチスのみによって強引に推し進められた。
・対ソ戦やバルカン戦で残虐行為は、国防軍は反対したが、ナチスが強引に推し進めた。
・素人のヒトラーが軍事面に干渉したために敗れた。

こう主張してドイツ国防軍や参謀本部は、ナチスの被害者として名誉を守った。

しかし、これらの主張はどれも正しくはない。

「国防軍潔白神話」が、どのような過程を経て人為的に作り上げられたを検証する。

この神話は、戦犯訴追を逃れたい元軍人の足掻きだけでつくられたものではなく、西ドイツ政府や国民、英米など西側諸国、ソ連の利害が複雑にからみあって“人為的に”生み出されたものであった。

■ドイツの戦後処理は誠実といえるのか?
日本の戦後処理のあり方を批判する内外の論者が必ず持ち出す例が、
「戦後のドイツはは徹底して非ナチス化を実行した、それに引き換え日本は‥…」
というものである。

しかし、この説はきわめて一面的と言わざるを得ない。
日本人にはそぐわない考え方だが、国際政治では真実だけがすべてではないことがわかる。

■構成
第1章 どこで「国防軍潔白論」は生まれたか
アメリカ占領軍による戦史編纂事業(OHP)の実態と、それらに協力したハルダー(元参謀総長)やシュパイデル(ロンメルの元参謀)、ホイジンガ―(元参謀本部作戦課長)らの行動を追い、いかに「国防軍潔白論」が生み出されたかを紹介する。

第2章 東西ドイツ史学とそれぞれのタブー
1950年代、一気に元軍人たちの回顧録や戦史が出版された。
それらに共通する特徴を分析し、なぜ彼らが競うように出版を行なったか、ソ連など東側の利害もあわせて、その背景と理由を紹介していく。
元軍人らにとって、敗戦や戦犯訴追に対する自己弁護だけではなく、今後生きていくために、自分たちがソ連と戦った経験がある貴重な存在であることを売り込む必要があった。

第3章 国防軍免責の原点
ニュルンベルク裁判では「参謀本部」が訴追されたが、結局罪を免れている。弁護側資料となった「将軍供述書」の詭弁とその本当の問題点に焦点をあてる。
「参謀本部の名誉」を守りたい人たちの思いに沿うことで、ヴァルリモント(元参謀本部国防統帥局次長)のようにヒトラーに近い位置にいた者も罪を免れた。

第4章 消極的だったイギリスの戦犯訴追
マンシュタイン(元陸軍元帥)に関して、いかにイギリスがその訴追に消極的であったかを紹介する。
ニュルンベルク裁判の欺瞞性と合わせて、また、なぜイギリスが敵だった将軍の罪を問いたくなかったか。
また、かつて対立していたマンシュタインとハルダーがここで手を結んだように、「国防軍潔白論」は一つのグループではなく、複数のグループが手を結ぶことで生成されたものであったことを紹介する。

第5章 「国防軍潔白論」に影響を与えた書籍

■著者略歴
守屋 純(もりや・じゅん)
1948年生まれ。早稲田大学卒。現在、中部大学非常勤講師。専攻は国際関係史・軍事史。著書に『ヒトラーと独ソ戦争』(白帝社)、『独ソ戦争はこうして始まった』(中央公論新社)、訳書に『ドイツ参謀本部興亡史』『詳解 独ソ戦全史』『ヒトラーが勝利する世界』(学研)、『総統は開戦理由を必要としている』(白水社)など多数。